・ ページ33
#
「私ね、刺繍が好きなんです」
点滴の刺さった腕を動かしながら、目の前の彼女は、パチン、と音を立て、糸を切った。
「ほら、ショッピさん。どうぞ」
黒猫の刺繍があしらわれた、白いハンカチ。彼女が誕生日プレゼントにと、せこせこ縫っていたものだ。
とはいえ、彼女の腕前ならこれくらい朝飯前なのだろうけど。
ちなみに病院の布団の縁にある豪奢な花の刺繍は、彼女お手製だ。
「可愛いですね」
「ふふっ、そうでしょう？」
「……糸が複雑に絡まっとるみたいなのに、すごい綺麗」
「あながち間違いじゃないですよ。何本も集まった糸を、繊細に、ゆっくり布に刺していくんです」
それだけで強い模様が出来る。強くて、可愛いものが。
「喜んでくれたなら嬉しいです」
そう言って笑う彼女は、やっぱり、何よりも綺麗だった。
どうして俺は、彼女の指にでも首にでも、糸を巻いておかなかったんだろう。
複雑に絡まってしまうくらいにもつれた糸を、二度と解けないくらいに、強く強く、彼女の指に巻いておけばよかった。
そうすれば、貴女はどこにもいかなかったかもしれないのに。
ハンカチにされた黒猫の刺繍をそっと撫でる。
Aが施してくれた刺繍は、いまだひとつも損傷なく、そこに小さく存在し続けている。
これだけは、一生、手放さない。
そう誓っていたのに。
「ショッピ！ショッピ、目ェ開けろ！っおい！しんぺい神呼んでこい！」
「今ゾムが行っとるわ！ショッピ！もうちょい耐えれるか！」
こんな仕事、辞めればよかったんやろか。
貫かれた腹が熱い。血が大量に出ているのを感じる。
コネシマさんの大きなよく通る声と、焦ったようなシャオロンさんの声が聞こえて、うるさいなと耳を塞ぎたくなった。
失血かもな、やけに冷えきった頭でそう考える。朦朧としてきた意識と霞んでいく視界の中。
最後に浮かんだのは、「来世で会おうね」という、彼女の苦しげな声で。
「来世で会おうな、A」
どうしようもなく、俺の人生は彼女に支配されていた。
どうしようもなく、俺は彼女が好きだった。
どうか来世では。
二度と解けないくらいに、強く強く、あの人の指に、複雑に絡まってしまったもつれた糸を結んで。
もう片方の端っこは、俺が結んで。二人で顔を見合せて、くすくす笑うような。
そんな夢物語みたいな平穏が、過ごせますように。
#
後編、今度、書きます、
人しんですいませんでした、マジ、マジで、本気で
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 96人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ミントティー(プロフ) - 灯さん» コメントありがとうございます……！まさかご感想いただけると思わず踊り狂って喜んでいます。読みやすかったと言っていただけると嬉しいです……！これからも元気に更新してまいります！ (5月12日 20時) (
レス) id: d7507200e4 (このIDを非表示/違反報告)
灯(プロフ) - はじめまして、コメント失礼します。どの作品も一つひとつが面白くて、尚且つ読みやすかったです！素敵な作品をありがとうございます！朝夕寒い時期ですのでお身体にお気をつけて、ご健勝をお祈り申し上げます。 (5月11日 13時) (レス) id: 3e566e3157 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ミントティー | 作成日時：2023年12月28日 21時
