・ ページ39
#
「……心中？」
「そ、心中」
「知ってるけど、どうしたの」
「興味とか、あらへんの」
「ないよ」
極めて冷静に、いや、冷静を装って答える。
声が震えていないだろうか、と怖くなった。
───心中。
かの太宰治が、数多の女性と試みたというもの。
私の記憶が正しければ、共に心中を試みた女性ばかりが死んでしまって、太宰治本人は死ぬ事が出来なかったんだとか。
それが、コネシマの口から、出てきた。
一体どうしたんだろうか。授業で聞きでもしたんだろうか。
でも、興味無いんか、って、なに？
「俺さ、心中するなら姉貴とやな、って思ってん」
「……え？」
「こんな家から逃げ出したいんや。姉貴に無関心で、俺にばっか過剰に構ってくる親とか、ほんまきっしょいねん。嫌やわ」
「で、もさ……」
「でも？」
「……ほら、悲しむよ」
「それも、俺だけやん。悲しまれるんも」
俺の心配ばっかすんなよ、とコネシマが半ば吐き捨てるように呟く。
ばき、とシャー芯が折れた。ノートに黒い粉が散る。
「……でも、興味無いんやったらええわ」
「そ、う……」
「で、これなんなん」
「あ、ここはね」
震えた指先で教科書を指差す。コネシマはそれを見て見ぬふりをして、私の言葉に耳を傾けてくれていた。
なのに私は、コネシマの吐いた言葉に囚われている。
───コネシマが開いている歴史の教科書、その片隅。
「ゆりかごから墓場まで」
という文字があって、その言葉が胸にぐさりと刺さった。
:
:
:
夕飯は部屋にコネシマが持ってきてくれる。
お母さんは私の器によそわない。それを知ったコネシマは、部屋で食べるようにと言って私に持ってきてくれるようになった。
姉として情けない。
自己嫌悪に苛まれる度、私の脳内に心中という言葉がチラチラ浮かんでくる。何もかもコネシマのせいだ。
思えばお母さんとお父さんが私に無関心になったのは、コネシマが生まれてからだ。
コネシマばかりに構って、私に対しては「お姉ちゃんでしょ」と言ってコネシマに構っていた。それがどんどん酷くなって今に至る。
それでも私は、コネシマを嫌いにはなれなかった。いや、なることさえ許されなかったんだと思う。
お母さんが愛するコネシマを嫌いになれば、一縷の希望さえも潰えてしまう。まだ少しくらい、私に興味があるかもしれない、なんて下らない希望が。
「……あー……」
心中、かあ。
その日は寝る寸前まで、その言葉がぐるぐる巡っていた。
#
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 96人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ミントティー(プロフ) - 灯さん» コメントありがとうございます……！まさかご感想いただけると思わず踊り狂って喜んでいます。読みやすかったと言っていただけると嬉しいです……！これからも元気に更新してまいります！ (5月12日 20時) (
レス) id: d7507200e4 (このIDを非表示/違反報告)
灯(プロフ) - はじめまして、コメント失礼します。どの作品も一つひとつが面白くて、尚且つ読みやすかったです！素敵な作品をありがとうございます！朝夕寒い時期ですのでお身体にお気をつけて、ご健勝をお祈り申し上げます。 (5月11日 13時) (レス) id: 3e566e3157 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ミントティー | 作成日時：2023年12月28日 21時
